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21件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

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2000-03-07 第147回国会 衆議院 本会議 第8号

その言葉どおり前島先生は、石橋氏のもとで、同氏の書記長時代には党派遣の秘書として気配り十分の仕事ぶりを示し、委員長時代には再度の総務部長として書記局の切り盛りを一切任されるなど、期待されたとおりの働きをされたとお聞きします。  このような赫々たる実績を上げられた書記局時代は、前島先生の次の飛躍を準備せずにはおかなかったのであります。時あたかも、勝間田代議士の引退の時期でもありました。

柳沢伯夫

1995-03-27 第132回国会 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第4号

自治体外交というお話がありましたが、例のコンスタンチン君の治療等で北海道が果たした自治体外交、私も書記長時代、沖縄知事選挙の応援に行きまして、ぜひ大田さんも積極的な自治体外交を展開したらどうかということを申したこともありましたが、そういう意味で自治体外交の意義というものは痛感しております。  

山口鶴男

1995-03-27 第132回国会 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第4号

山口国務大臣 私、社会党書記長時代しばしば沖縄に参りましで、嘉手納の軍事基地上原さんと一緒に手をつないで取り巻くというような行動にも参加をいたしました。その後、党の沖縄対策特別委員長もずっとやっておりまして、現在は上原さんが非常に御努力をいただいておると承知をいたしております。

山口鶴男

1994-06-07 第129回国会 衆議院 予算委員会第一分科会 第1号

ですから、先ほど申し上げた政府統一見解はおかしい、改めるべきだ、もっと国政調査権を尊重せよということは、私、社会党国会対策委員長書記長時代に随分強調したことがございます。まさに「苦汁をのまされた経験」の連続でございました。「国政調査権の拡充は、政治改革とりわけ国会改革の大きな柱にすべきものである。」こう述べています。このことについて賛成ですか、反対ですか。

山口鶴男

1992-02-27 第123回国会 参議院 外交・総合安全保障に関する調査会 第3号

極東における旧ソ連軍につきましては、ゴルバチョフ書記長時代の一方的削減発表以来、最近二年間におきまして量的縮小は示しておりますが、極東における旧ソ連軍軍事力は依然として大きな存在でございまして、これまで質的強化が図られてまいりました装備及び再編合理化、近代化されてまいりました戦力が依然として蓄積された状態にあります。

高島有終

1990-06-14 第118回国会 参議院 内閣委員会 第8号

体制体制の対決とか対立とかというものから全人類的課題というものへ人類が力を合わせて進んでいかなきゃならない時代へ来ているんだというような、こういう認識だと私受けとめておりますけれども、こういうような中でやはり来年の来日というものも迎えるわけでありますから、北方領土の問題を解決してそして平和条約を締結するという大きな課題についての官房長官の決意も含めて、今ほどの私が読みましたゴルバチョフ大統領また書記長時代

翫正敏

1990-05-11 第118回国会 参議院 予算委員会 第5号

事実、例えばゴルバチョフ書記長時代ですが、ゴルバチョフウラジオストク演説というのがあります。ヨーロッパには先ほどの全欧安保会議ヘルシンキ宣言があるわけでありまして、これは信頼醸成措置について画期的な内容を盛り込んだ宣言であります。このヘルシンキ会議を手本にして、太平洋に面するすべての国が参加する太平洋会議を提唱しました。その場所は広島にしようじゃないかとまで言っているわけであります。  

矢田部理

1985-12-11 第103回国会 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号

安倍国務大臣 最終的にそこまで決まっているわけではありませんが、これはブレジネフ書記長時代に、田中ブレジネフ会談の際に、ブレジネフ書記長の訪日を要請しておりますし、そうした日本の要請というのは、その後ずっと続いてきておるというふうに私は承知をいたしております。  

安倍晋太郎

1980-10-11 第93回国会 衆議院 予算委員会 第2号

大出委員 総理は、私が全逓組合書記長時代郵政大臣で、総理大臣になった初めてでございましたが、なかなかむずかしい労使関係をあのときまとめた相手方でございまして、おわかりいただいていると思うのでありますが、ぜひひとつ、いまお話がございましたが、その方向をもうちょっと深めていただいて、この問題の話し合いをまたひとつお続け願いたい、こうお願いをいたしておきたいのであります。  

大出俊

1977-06-09 第80回国会 参議院 外務委員会 第20号

その後、昭和三十九年に成田さんが書記長時代、成田さんを団長とする訪ソ団の一員として私ソ連へ参りました。そしてソビエトのミコヤン副首相、それからスースロフボノマリョフ氏と、特にスースロフボノマリョフ氏はソ連の最高の理論的指導者であることは言うまでもございません。ナンバーフォーと言われておりますが、実際上はこの人がほとんど理論的指導をやっておる。三回時間をかけて会談をいたしました。

羽生三七

1977-04-07 第80回国会 衆議院 内閣委員会 第9号

ということでございまして、それが有利でございますので、私実は全逓労働組合という組合の出身でございますから、電電公社電報局電話局の諸君は郵便局一つ屋根の下においでになりましたから、五現業の方も何とか――私は、筋論として、本来公務員に対して共済組合へ持ち込むというのは筋が通らぬと思っておりましたが、時の情勢やむなく、永岡光治参議院議員横川正参議院議員、二人に私が話しまして、当時私が全逓中央本部書記長時代

大出俊

1975-04-23 第75回国会 衆議院 逓信委員会 第12号

私は全逓本部書記長時代に一生懸命、徹夜で二日にわたってお話を聞いていただいた時代がございます。そのときにも一つ問題点でございました。だから、大臣はそういったいにしえの経験一つおありの上に再度郵政大臣おなりになっておるわけでありますから、ほかの方がおなりになったより以上にこの点はおわかりのはずなんですけれども、確かに政治的には、全国の特定局長さんの集団もございますから、大きな問題はあります。

大出俊

1974-05-21 第72回国会 衆議院 内閣委員会 第32号

大出委員 これは、実は私が全逓という労働組合書記長時代に、横川永岡参議院議員から議員立法で出してもらった。岸本さんが大蔵省給与課長おいでになるころです。ということもこれあり、二つの国会にまたがったから、このあたりで政府提案共済年金に持っていきたいという人事主任官会議等の話もありまして、政府立法でお出しをいただいた。あわせて数年ずれて地方共済の形になった経過がございます。

大出俊

1973-06-07 第71回国会 衆議院 内閣委員会 第27号

私も、昔あなたが郵政大臣で、私が全逓書記長時代ならけんかしちゃう。腹が立つから、いきなり帰っちゃう。総理なんて価値がないんだから帰ってくれとぼくは言う。私も少しはしらがはえているからがまんしているんだ。あなただって昔のあなたなら、すぐおこったかもしれぬが、がまんしているんだから、がまんついでに、もうちょっとまともに答えてくださいよ。日本の将来にとって大きな問題なんだ。

大出俊

1972-05-17 第68回国会 衆議院 内閣委員会 第21号

局長の青木さんから駅前の局の部長神石君から、神石さんなんというのは、もう東京郵政全逓の役員をやっておりまして、私が書記長時代、神石君にものを言って、彼は一生懸命やっていた。いまはみんな管理者です。あそこの局を処分したときは、私は一週間ぐらいたってからあの入り口に立っていた。みんな私の顔を見ないで入っていく。そういうことにしてはいけませんよ。

大出俊

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